
1372年のこと。四つの川が交わる場所にある小さな山の東の丘に、ペンという名の、裕福な年老いた婦人が暮らしていました。ある年、大雨で川があふれたとき、ペン夫人は岸の近くに大きなコキの木が流れてきて、水の中で浮き沈みしているのを見つけました。

ペン夫人が近所の人たちに助けを頼むと、人々は縄を持って集まり、大木に結びつけて、少しずつ岸へと引き上げました。

木についた泥を洗い落としてみると、木のうろの中から、4体の青銅の仏像と1体の石の神像が出てきました。神像はこん棒とほら貝を手にして立ち、髪を結い上げていました。

ペン夫人は近所の人たちと力を合わせ、家の西側に土を盛り上げて、祠を建てるための山の土台をつくりました。

1372年、ペン夫人と人々は山の上に草ぶきの祠を建て、中に4体の仏像を納め、立ち姿の神像は東のふもとに祀りました。ラオスの様式に似ていたことから、ラオスから流れ着いたものと考えたペン夫人は、この神像を「ネアック・ター・プレア・チャウ」と名づけました。

祠が完成すると、ペン夫人はその山の西のふもとに僧侶たちを招きました。それ以来、この寺は「ワット・プノン・ドーン・ペン(ペン夫人の山の寺)」と呼ばれ、その略称の「ワット・プノン」として、今も呼び伝えられています。仏像には強い霊力が宿り、願いをかなえてくれると信じられています。
これがプノンペンのはじまりです。それから60年のうちに、この地はカンボジアの栄えある都となりました。
おしまい
【現在のワット・プノン】
プノンペン中心部の小高い丘の上に建つ、現在のワット・プノンです。
