
カンボジアの人々は今も、天国・地上・地獄という考え方や、良い行いが来世の幸せにつながるという信念を大切にしています。毎年4月中旬に祝われる3日間のお祭り「クメール正月」にも、こんな言い伝えが残っています。
むかし、トンバル・コマールという博識な青年がいました。あらゆる学問を修め、鳥の言葉さえ理解できたという彼の評判は、やがて神々の王カベル・モハール・プロムの耳にも届きます。嫉妬した王は地上に降り立ち、「負けたら首を差し出す」という謎かけ勝負を挑みました。
謎かけは「朝・昼・夕方、それぞれの幸せはどこにあるか」という3つの問い。6日間考えても答えが見つからず、絶望したトンバルが森の奥で疲れ果てて休んでいると、一組のハゲワシの夫婦の会話が聞こえてきました。
夫のハゲワシは、明日もその次の日もトンバルの肉にありつけると、妻に得意げに謎かけの答えを話して聞かせていたのです。朝の幸せは洗顔する「顔」に、昼の幸せは水で涼む「胸」に、夕方の幸せは一日を終えて洗う「足」にある——そう聞いたトンバルは、喜び勇んで家路につきました。
7日目、答えを聞きにきたカベル・モハール・プロムは、トンバルの正しい答えに驚きます。自ら定めたルールにしたがい、王はみずから首をはねることを決めました。
その前に7人の娘たちを呼び、「この首を大地に投げれば大地は燃え、空に投げれば嵐となり、海に投げれば海は干上がってしまう。だから黄金の盆にのせて、大切に守っておくれ」と言い残し、自らの首を切り落としたのです。
長女のトゥンサ・テヴィは、王の首をのせた盆を掲げ、残る6人の姉妹や数えきれない天使たちとともに、聖なるソムル山のまわりを一時間かけて練り歩きました。その後、首はカイラス山にしばらく安置されたといいます。
やがて天使たちは天に帰りましたが、それ以来毎年同じ日になると、7人の娘たちは天使となって地上に舞い降り、父の首をのせた盆を掲げてプレ・ソメル山をめぐる行列を行うようになった——これが、クメール正月に伝わる言い伝えです。
おわり
【解説】
この伝説は、クメール正月(チョル・チュナム・トメイ)の起源としてカンボジア全土に広く伝わるお話です。年によって代わる「7人の娘(天使)」のうち、その年の担当を務める娘が祝祭の飾りつけなどのモチーフとして描かれることも多く、カンボジアのお正月飾りでよく目にする天女たちは、この物語に登場する王さまの娘たちの姿だといわれています。