昔ばなし発掘

メコン川のイルカ

クラチェ州の昔ばなし

クラチェ州を流れるメコン川に暮らすカワイルカと、漁師たちの昔ばなしです。

仲良く暮らすイルカと漁師

はるかチベットの山々から流れくだるメコン川。その流れの中には、昔からたくさんのカワイルカが暮らしていました。イルカは魚によく似ていますが、犬や猫と同じ哺乳類の仲間で、とても賢い生き物です。

イルカの好物も魚。漁をするクメールの漁師たちと、エサを奪い合うことなく、イルカと人は仲良く暮らしていました。川に落ちて溺れかけた子どもをイルカが助けた、という話も各地に残っています。

川に広がる不穏な気配

しかし、のどかな川沿いの村にも、戦争の足音が近づいてきます。仲良しだった漁師や子どもたちは、ぱたりと川に姿を見せなくなりました。イルカたちは、見たこともない戦車やヘリコプターの姿を、遠くから眺めるようになります。

川に投げ込まれたもの

ある日、人を乗せたボートが久しぶりに川にやってきました。友達が帰ってきたのかと、イルカたちは嬉しそうに近づいていきます。しかし船に乗っていたのは、漁師ではありませんでした。手にした小さな何かを、川へ向かって放り投げたのです。

「ドカン!」大きな爆発とともに、川面に白い水柱が立ちました。爆弾漁です。衝撃で気絶した魚が次々と水面に浮かび、人々はそれを大喜びで拾い集めていきました。

姿を消していったイルカたち

その後も爆弾漁は繰り返され、川の魚はみるみる減っていきました。お腹をすかせたイルカたちは、エンジン音を聞くだけで怯えて逃げるようになり、やがて人の目の届かない川の奥深く、入り組んだ中州の多いクラチエ州カンピ村のあたりへと住みかを移していきました。

いまもイルカたちは、そこから遠く人の様子をうかがっているといいます。もう一度、人と仲良く暮らせる日は来るのでしょうか。
おしまい

【解説】

メコン川に生息するカワゴンドウ(イラワジイルカ)は、近年急速に数を減らし、絶滅が心配されている生き物です。現在はラオス南部からカンボジアのクラチェ州にかけての約190kmの範囲でのみ生息が確認されています。

WWFの調査によれば、1997年には約200頭いたとされる個体数は、2017年には92頭にまで減少しました。物語に登場する爆弾漁は現在は法律で禁じられていますが、人口の増加にともなう食料需要やダム建設による水位・水質の変化が、今もイルカの数に影響を与えていると考えられています。